老いることへの思考停止

最近に、よくボールペン字の通信を買いました。
これって、親からみたら、荷物にも見えるのかもしれませんね。

なんでやるのかとか、まあわかるんです。
息子の年金を家に入れろ、借金を返せ、そんな所です。

よく、寝ていて去年くらいまで、二十代の夢を見ていました。
若さ希望溢れる青春の日々、実際、八割は美化していますが、過ぎ去るとというそんな夢です。

今、夢を忘れますね。考えが止まるというのは、やっぱり、物事がうまくいかないとううより、そこが幸せでもなく、というのと、先々の事ですね。
老いることだとか、そういう話です。

つい、数日前の事ですが、神戸の元町から三宮までの高架下のタピオカドリンクバーで働く女子大生に声をかけられました。その女の子とは、その時初めて会話をしたのですが、名刺を渡しました。その延長でフェイスブックで繋がることができ、交際に発展するのかどうかまでは、見えませんが、イベント見学へのお付き合いお誘いをさせてもらいました。今はハスラーを値引きできる方法の方が気になるのですが、しかたないです。メールアドレスと電話番号も教えてもらったので、ここまでは問題はないと思います。ただ、それに対しての返答のメールが今私のメールボックスに受信されています。良い返事だと期待する反面、最悪の場合も予測できます。

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